ワールドカップの歴史

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ワールドカップとは?始まり・歴史について
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 ワールドカップとは、4年に1度、世界各地区の厳しい予選を勝ち抜いた代表が、国の、そして選手のプライドをかけてサッカーの世界一を決める戦いの舞台です。FIFAが主催するサッカーの世界選手権で、サッカーの世界一を競う大会です。この大会は、1930年に第1回大会がウルグアイで行われ、その後開催国を替えながら行われており、日本と韓国で開催された2002年のワールドカップで第17回、前回のドイツで第18回を数えます。

 優勝チームには、重さ約5キロの純金でできた優勝カップが授与されます。ただし、次の大会が開催される時に、前回大会の優勝国はこの優勝カップを国際サッカー連盟に返還しなければなりません。

 国際サッカー連盟が1904年に設立された時から、サッカーの世界一を競うこのワールドカップを開催する構想はありましたが、当初はなかなか開催に至りませんでした。その理由は、その当時からオリンピックでサッカーが行われていましたが、イギリスのアマチュア選抜が並みいる各国の代表の中で楽々と優勝するほど、サッカーの母国であるイギリスと他の諸国との間に実力の差があったためだと考えられます。

  しかし、1924年のパリオリンピック、1928年のアムステルダムオリンピックのサッカー競技でウルグアイが連覇を果たします。ヨーロッパではこの時期トップレベルのサッカー選手の大半がプロとして活躍していましたが、オリンピックにはアマチュア選手しか参加できないため、ヨーロッパ諸国はその国の「最強」のチームをオリンピックに出場させることができませんでした。一方、ウルグアイには当時プロはなく、オリンピックに最強のチームを出場させることができました。

 このため、真のサッカー世界一を決める大会を行うべきであるという議論がヨーロッパを中心に起こります。これを背景に国際サッカー連盟の第3代会長であるフランス人のジュール・リメ氏がワールドカップの開催に向けて努力し、ついに1930年に第1回のワールドカップがウルグアイで行われました。

 ご存じの21世紀最初のFIFAワールドカップ日韓ワールドカップは、異例ずくめの中で開催されました。まず、これまで欧州と南北アメリカでのみ開催された本大会が、初めてアジアに舞台を移して行われました。そして開催国は、日本と韓国による「共催」という形が初めて採用され、両国合わせて20もの会場でゲームが行われることとなりました。とりわけ韓国のベスト4進出は、アジア勢では初の快挙でした。逆に、圧倒的な攻撃力を誇っていたアルゼンチンやポルトガルは、そろってグループリーグ敗退。前回優勝国のフランスに至っては、一度もゴールネットを揺らすことなく、寂しく大会を去っていった。イタリアとスペインは、決勝トーナメントに進んだものの、いずれも韓国の勢いとアウエーの雰囲気にのまれてしまい、さらには不可解な判定にも泣かされて、不完全燃焼のまま帰国を余儀なくされた。トルシエ監督率いる日本代表は、初戦のベルギー戦を劇的に引き分け、続くロシア戦で歴史的な大会初勝利を挙げ、第3戦のチュニジア戦にも快勝して夢の決勝トーナメント進出を果たしました。ベスト8進出を懸けたトルコ戦で敗れてしまったが、連日の熱戦で新たなサッカーファンが急増しました。大会に合わせて作られたスタジアム群やキャンプ地は、その後もJリーグをはじめとする地域スポーツの拠点となっていることからも、この大会が有形無形の財産を日本に残したことは間違いないでしょう。

年度 開催地 優勝国 トピックス
1930 ウルグアイ ウルグアイ 第1回大会。ただ欧州からの参加はフランスを始めとした4ヶ国に止まった。
1934 イタリア イタリア 独裁者ムッソリーニが地元イタリア代表だけでなく、サッカー協会にも圧力をかけたとされる大会。
1938 フランス イタリア 翌年、第2次世界大戦が勃発。W杯も時代のうねりと共に中断を余儀なくされた。
1950 ブラジル ウルグアイ ついにサッカー王国での初開催。
1954 スイス 西ドイツ 「マジック・マジャール」と世界中から絶賛されていたハンガリーを西ドイツが破る。
1958 スウェーデン ブラジル 王様ペレ、デビュー。王国の幕開けへ。
1962 チリ ブラジル タレントの宝庫ブラジル、余裕の連覇。
1966 イングランド イングランド イングランド・サッカー協会100周年を記念。疑惑のゴール、ペレの負傷退場など。
1970 メキシコ ブラジル ブラジル、ジュール・リメ杯永久保持。
1974 ドイツ 西ドイツ ヨハン・クライフとフランツ・ベッケンバウアー。天才激突 皇帝vs空飛ぶオランダ人の激突。
1978 アルゼンチン アルゼンチン 紙吹雪舞う国アルゼンチン、悲願達成。
1982 スペイン イタリア カウンター一閃。伏兵イタリア頂点へ。
1986 メキシコ アルゼンチン 天才マラドーナのための大会だった。
1990 イタリア 西ドイツ 西ドイツ雪辱3度目の王者に君臨。カメルーンがアフリカ勢初のベスト8。
1994 アメリカ ブラジル 灼熱の新大陸、激闘はPK戦にて決着。
1998 フランス フランス ジダンらの活躍で地元フランスが初優勝。日本が初出場する。
2002 日韓 ブラジル ブラジル、史上最多5度目の王者。
2006 ドイツ イタリア イタリアが鉄壁の守りとチームワークで24年ぶりの優勝。