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利き足である左足から巧みなフェイント、正確なパスや強烈なシュートを放ち、またフリーキックの名手でもあることからと呼ばれた。
1969年にブラジル代表デビュー。メキシコワールドカップではをあげるなど活躍し優勝に貢献した。ペレを擁したブラジルは圧倒的な強さを見せつけ史上最強のブラジル代表といわれた。
ペレの引退後のブラジル代表ではトップ下の位置で背番号10をつけ、ペレの後継者として活躍した。1974年のワールドカップでも3得点をあげた。この大会では対東ドイツ戦でみせたが印象に残った。相手選手の作った壁の間にはいったブラジル選手(ジャイルジーニョ)がリベリーノがボールを蹴る直前にしゃがみ込む。ボールはそのわずかなすき間を通過しゴールにつきささった。全力で蹴ったにもかかわらず完璧なまでのコントロールであり、GKも一歩も動けない、まさにマジックのようなFKであった。
リベリーノはワールドカップに3度出場、15試合6得点。代表公式戦には通算94試合出場、26得点をあげた。
1994年セカンドステージからに就任したが,成績不振のためこの年限りで辞任した。 澤登へFKの個人指導をする等、自らの技術をチームに伝える指導に熱心であった。 また、ジャウミーニャを入団させた。彼はチーム在籍1年であったが、ドリブルからシュートまで持っていける個人技でチームの攻撃を担った。
2003年から2004年までコリンチャンスでゼネラルマネージャーを務めた。
はリベリーノが得意にしていたフェイントの一種でポルトガル語で輪ゴムの意。 リベリーノのエラシコは左足のアウトサイドをボールに軽く当て相手にその方向へ行くと思わせ、すぐ次の瞬間に同じ足のインステップで切り返し相手を抜き去るという難易度の高い技である。インステップで切り返した時にボールが指ではじいた輪ゴムのように素早く移動することからエラシコと名付けられた。
リベリーノがエラシコの発明者といわれることもあるが、一説にはコリンチャンスのチームメイトであったともいわれる。 現在の使い手としては同じブラジルのがあまりにも有名。彼によってエラシコの名が一躍有名になったと言っても過言ではない。
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